フランスの被害者救済制度について

1998 年 9 月 12 日

講演者: 水谷規男 (愛知学院大学法学部助教授)


はじめに

今日お話しさせていただくのは、フランスの被害者救済制度についてということです。私自身が一番最初に取り組んだテーマがこれなものですから、そういうご縁で 5 月の末にも神戸弁護士会の方で、そちらのほうでも同じような話をさせていただきました。

被害者の救済ということを特に最近、マスコミでもそうですし、警察あるいは検察庁の側でもかなりウェイトを置くようになってきているということは、ご承知の通りだと思いますけれども、その際、側面の違ういろんな問題が被害者救済、被害者対策という言葉のなかで語られていますから、すこし整理しておく必要があるのではないかというふうに私は思います。

そこで最初に書きましたように、2 側面、大きく分けると 2 つの側面があるのではないかと思うのですが、1 つが刑事手続きのなかに被害者の意思をどうやって反映していくか、という問題。これは手続き参加というふうに括っております。それと、現に被害者が置かれている境遇をどうやってケアするかということ。具体的には、財産的な賠償ないしは補償、物質的、精神的なケアということ。それからもう一つ、これを第三の側面というふうに言った方がいいかもしれませんが、刑事手続きという形ではなくて、刑事制裁そのものの枠組みを変えていくことによって、被害者にとって意味のある刑事司法、そういう形で被害者の問題を取り組もう、という方向の議論です。最近では、被害者に対する賠償を刑事制裁として取り入れたらどうかというような提案もございます。従ってそういうことが問題になりますと、刑事司法の枠組み事態を被害者にとって意義ある形で変えるという形で議論がなされることになりますので、これまた違った側面になると思います。

どうやら日本での議論を見ていますと、そのなかで、実際に行われているのは、あるいは制度的な形で行われているのは、補償のごく一部、それから手続き参加と言うことではなくて、せいぜい手続きの進行について情報提供をする、そういう限度でしか今のところ制度的な対応というのは行われていないだろうとと思います。そこで被害者の問題と言うのは特に第 2 次大戦後、刑事法学の分野では被害者学と言われる分野が急速に発達してきたこともあって、アメリカ、あるいはヨーロッパ諸国においては被害者対策ということが、現代の刑事政策の重要な柱になる。そして各国ではそういう流れのなかで、法改正が順次行われてきているという実情がありますので、そのなかの一つの例として、特に私はフランスを取り上げて勉強してきたわけです。フランスでは 70 年代以降になりますが、法改正が順次行われてきておりますし、もともと伝統的な制度、枠組みの中で、被害者が刑事訴訟法の中で一定の役割を果たす、ということがございますので、その点を少しお話ししたいと思います。

フランスの私訴制度の概要

フランスの場合、特徴的なものとしては 1 番目に書きました私訴制度という制度があります。日本の現行法と若干違う点として、刑事手続き自体が日本とは枠組みがかなり異なっている。その点だけを先に少し触れさせていただきますが、フランスでは刑法の上で犯罪が 3 つに分類されております。もちろん日本でも旧刑法はそうだったわけですが、まず法定刑のちがいから犯罪は 3 つに種類分けされます。重罪、軽罪、違警罪の 3 つですが、その内の重罪だけが特別の扱いを受けておりまして、フランスの近代法ではこの重罪ついては重罪法院という裁判所で陪審裁判で審理が行なわれる。そしてその陪審裁判が行なわれる前に、日本的にいえば一種の証拠収集過程になりますけれども予審制度が存在します。それに対して軽罪、違警罪、軽罪は元々は 5 年以下のの拘禁刑で法定刑が規定されているものです。違軽罪になりますと、財産刑のみ、罰金だけが規定されている。軽罪と違警罪については裁判所も違いまして、軽罪は軽罪裁判所、違警罪は違警罪裁判所という裁判所で審理が行なわれて、この裁判所は日本と同じ職業裁判官の審理です。そういう大まかな枠組みがありますので、そういう点だけご理解いただいて、そしてそういう手続き制度のなかで私訴制度というものはどういうふうに位置付けられているか、ということですが、レジュメでは 2 つの点を書いております。

  1. 訴追権としての私訴権 (action civile)

    一つは犯罪被害者は刑事裁判所で私訴権 (action civile というのですが) という権利を行使することができます。この内容ですが、その内容の第 1 は刑事裁判所において訴追権としての私訴権を行使することができます。法典は刑事訴訟法典の 1 条に規定を伝えてます。1 条 1 項で検察官が公訴権を始動し行使するという規定がおかれているわけですが、その次の 2 項に被害当事者もまた公訴権を始動させることができる、そういう規定がおかれています。具体的な手続としてはさきほど申しました犯罪区分によりまして、重罪の場合には全て予審を経なければなりませんので、私訴原告人になることの申し立てといいますが、予審を開くための申し立てをして予審を開いてもらうことができる。軽罪、違警罪では予審を必ずしも経なければならないわけではありませんので、直接裁判所に相手を呼び出す、という形で訴追権を行使することができます。ただ訴追そのものは被害者によって行なわれた場合でも、その後の訴訟追行は検察官によって行なわれると、いうシステムになっておりますので、訴追権としての私訴権というのは最初だけです。裁判所に訴えを起こすという機能だけを持っているということになります。そしてその後訴訟追行は検察官が行なう、そういうシステムです。これは何を意味するかということなのですが、被害者が裁判所に持っていかないと刑事手続が始まらないというわけではありませんで、検察官がもちろん原告として訴訟活動を行なうわけですから、被害者による訴追権というのは必ずしも原則的ではないわけです。検察官はもちろん訴追官としての役割をもっていますので、軽罪、違警罪の場合ですと捜査が完了した後に、不起訴、予審の場合ですと、そもそも予審の申し立てをしないという形での不起訴 (classment sans suite という風に呼ばれています) の権限を持ってます。従って、検察官が不起訴にした場合にでも、被害者に訴追権が与えられているというところに、訴追権としての私訴権には意味があるわけです。逆に検察官が起訴した場合には、自ら訴追権を行使する必要がありませんので、次に申します賠償請求権としての私訴権を行使すれば足りるということになります。

  2. 賠償請求権としての私訴権

    なぜ訴追権まで被害者に与えられているかと言いますと、それは私訴権の内容によるわけですが、私訴権というというのは訴権の内容としては犯罪行為に直接起因する損害を回復するための訴権と位置付けられています。この直接起因する損害というのは、物理的、あるいは精神的損害で犯罪行為によって直接を生じたものを言います。従って、本質的には民事の訴権ですが、賠償請求権としての性格を持ちます。その賠償請求としての私訴権が、フランスの場合特徴的なのは、刑事裁判所に対しても民事裁判所に対しても行うことができるという点です。実はこの点は日本でも戦前、付帯私訴が存在しましたので、同様です。刑事裁判所で賠償請求権を行使するということになるわけです。そしてフランスの場合には、刑事裁判所での被害者の賠償請求が実は原則型になっておりまして、そのことは次に書いておきましたけれども、賠償請求の扱われ方にその形が現われています。といいますのはこの訴権、損害賠償請求権そのものは民事裁判所でも行使することができますけれども、その民事裁判所に対して犯罪から直接生じた損害の賠償を求めた場合には司法の統一性ということを理由にしまして、民事裁判所に行われた賠償請求訴訟は、手続きが刑事裁判の判決があるまで停止されます。そのことによって刑事と民事の判決の矛盾を避けるというところに意味があるわけですが、刑事裁判所の実体判断が民事裁判所を拘束することとされています。従って刑事裁判で無罪になりますと、自動的に民事裁判所に提起されている賠償請求訴訟は原告の敗訴になる、ということになるわけです。逆に刑事裁判所で有罪判断が出されますと、これは有罪という判断、すなわち賠償責任があるという判断に関しては民事裁判所は刑事裁判所の判断に拘束される、というふうになります。ただ例外的に無過失責任を認める場合には無罪の場合でも賠償請求が認められる場合がありますけれども、そういう例外的な場合を除いて、刑事の有罪無罪の判断が賠償請求の成否に直接影響するということになります。従って犯罪被害者は、民事裁判所で賠償請求を行うことにはメリットがほとんどないわけです。自分では何もできない形で刑事裁判が先に行われていますから、しかも自分の訴訟はそこでは提起されていても進まない。刑事の判断が出て初めて刑事の裁判所の判断に従った判決をもらえるだけということになりますので、フランスでは刑事裁判所での私訴権行使が一般的といわれています。そのことは被害者にとっても大きな意味を持つ訳です。なぜかと申しますと、もちろん私訴権を刑事手続きのなかで行使するわけですので被害者は自分で立証活動を行うこともできますし、検察官が行う立証活動にも乗っかるといいますか、利用することもできる、ということになるわけです。いわば一種相互補完的に立証活動を行っていくことができますし、刑事裁判のほうが早く済むということになりますので、フランスではこの刑事裁判所での私訴権行使が一般的だといわれております。従って刑事手続きのなかで損害賠償の問題を迅速に解決することができるシステムとして私訴制度が機能するということになるわけです。

  3. 現代的特徴として、私訴権の団体への拡大

    さらに加えて 3 番目ですが、現代的な特徴としましてはこの私訴権は単に直接の被害者だけではなくてかなリ広い範囲の法人、あるいは団体、これは法人格は必ずしも持たないものも含みますけれども、に広げられてきているという特徴があります。元々はフランスはその種の団体、中間団体を法的には否定する立場をフランス革命以来とり続けてきたわけですが、19 世紀の末になってようやく、まず労働組合が法人格のある団体として独自の活動領域を認められるようになります。そうすると法人格を認めた以上、その法人格のある団体が直接被害を被る犯罪というのが存在しうるということになりますので、そういったものについて私訴権の行使を認める。もちろん法人ですから、その団体の代表者による訴訟追行ということになりますが、それがきっかけ、突破口になりまして、だんだんその範囲が広げられ、現在では、刑事訴訟法典のなかで私訴権を拡張的に認めるという傾向が出てくるようになっています。どういう団体がそういうものを認められいるかというのを見ますと、その機能が窺われるわけですが、具体的に今、条文が存在するものを抜き書きしておきましたけれども、人種差別と闘う団体、性暴力と闘う団体、児童虐待と闘う団体、人道に対する罪 (これは国際法上も認められているものですが) と闘う団体、レジスタンスの名誉等を顕彰する団体、性別、良心による差別と闘う団体、地方公共団体、障害者援助団体、テロ犯罪についての犯罪被害者援助団体、貧困者保護団体、戦争被害者顕彰団体、交通犯罪と闘う団体、動物保護団体、フランス語保護団体 (これは後でお話しします。いかにもフランス的ですが。)、大量交通事故被害者保護団体、薬物撲滅団体。もちろんこれらの団体が私訴権を認められているのは特定の犯罪です。たとえば、差別に関するものがかなり入っているというのがこの中でも窺われると思います。これは法的な差別がいくつかフランスでは犯罪化されています。そういった差別犯罪についてこれらの団体が私訴権を認められているということです。それから大量に被害者を生むような犯罪、具体的にはテロ犯罪ですとか、交通事故等、そういったものについての被害者保護団体があります。あるいはこの中で特徴的なもので言いますと、フランス語保護団体、これはフランスではフランス語を公的に公用語としているだけではなくて、フランス語以外の外来語を使わせないということになっているのです、基本的には。したがって放送等で、フランス語を用いることが義務づけられているということがあって、フランス語保護団体が、出版関係の犯罪の中で活動するというようなことが認められている、ということがあります。そういった団体はどういう機能を果たすかということなのですが、もちろん先程 2 点お話しした、私訴権を行使するということになるわけですが、しかし団体が被害の回復を裁判所でするということは直接的にはあんまり考えにくい。従ってむしろこれらの団体が私訴権を持つということの意味は、社会的な関心事を刑事裁判の場に持ち出して、いわば裁判所の判断をあおぐ、という点。それから特に被害者保護団体等に特徴的なのですが、個人的な被害者が自ら訴訟活動を行うということは困難なことが多い。そこで被害者の訴訟活動をいわばバックアップするために、団体の私訴権ということが機能する、ということがここから窺われますし、現にそういう形でこれらの団体の私訴というのは行使されているようです。そうすると、実際には団体に対する損害賠償というのはあまり意味がない、ということになりますので、そのことを具体的に示す形で、その団体の私訴権は賠償額を「1 フランの請求」という形で行われることが実際にも多いようです。形としては、精神的損害、団体の精神的損害の賠償という形になるわけですが、その賠償額を 1 フランという形で請求する。この「象徴的 1 フラン」と書きましたけれども、「un franc symbolique」という訴訟がフランスでは相当程度あるとされています。そういう形でいわば実際には賠償請求ではなくて、訴訟支援と、それから裁判の場でここに挙げてきましたような社会問題を取り上げてもらう、というところに狙いがあって、こういった団体の私訴権といったようなものが現在ではかなり増えてきている。刑事訴訟法典に挙がっているものだけをレジュメに書きましたけれども、特別法の中では、これ以外にも環境保護団体、消費者団体といったようなものにも私訴権が広げられてきております。

私訴制度以外の被害者救済制度
  1. 被害者補償制度

    私訴は伝統的なフランスの救済制度の枠組みということになるわけですが、それ以外に 1970 年代以降になりますけれども、私訴制度以外の被害者救済制度というものが、かなり数次に渡る法改正で導入されるようになってきております。その第一の柱が次のところにあるのですけれども、被害者補償制度です。

    最初は 1977 年に刑事訴訟法典の改正で導入されました。これは国の資金で被害者に対して損害を補償するというシステムですが、被害者に対する国家補償の一つの形態ということになります。制度は、民事裁判所の性格を有するとされる補償委員会というものが各裁判所におかれます。最初は、日本で言いますと、高裁レベル、控訴院ですけれども、控訴院ごとにこの補償委員というものが置かれました。この補償委員会は裁判所の性格を持つとされますので、補償の請求がありますとそれを審査する、特別の裁判所ということになります。補償の要件は、当初は生命身体損害を被った被害者が経済的に困窮している場合、という限定をつけていました。ただし損害の原因となった犯罪の罪種は問いません。したがって生命身体損害が生ずるような犯罪であれば罪種は問わないということになります。補償は一定額を刑事司法予算から補償する、そういうシステムです。当初は 15 万フランが上限とされました。だいたいレートはさほど変わっていませんので、15 万フランといいますと、日本円に換算すると約 300 万円ぐらい、ということですから、日本の犯救法、犯罪被害者等給付金の額とさほど変わらないということになります。ただこのシステムは、その後だんだんと拡充をされてきまして、まず 1981 年に、これは他の国と比較した場合もほとんど例がないのですけれども、個人的被害者について財産的損害に対しても補償を行うという拡充が 1981 年。それから 1983 年には最初にあった経済的な困窮という条件が、緩和をされます。また、身体損害については、これは後遺傷害の場合ですが、経済的な困窮ということがなくても補償を行う。それから上限額が引き上げられます、これが 1983 年。それから 1986 年には、80 年代半ばにパリを中心に爆破テロがかなり多発したということを受けてのことなんですけれども、86 年にテロ犯罪の対策法が作られます。その中でテロ犯罪については、特別の補償基金を作って補償を行う。これは従来の刑事司法予算から支弁するという形ではなくて、一般の損害保険の各契約から拠出金を出させて、この拠出金で基金を作ってテロ犯罪に対する補償を行うというシステムというものが作られました。各保険会社が結ぶ保険契約、1 契約につき何フランという形で拠出金を出させるという形で基金を作るために、国家の財源を食わないということから、いわばうまくいくシステムだ、ということで、これが 90 年には全犯罪に適応されて、もともとの刑事司法予算からの補償ということがなくなります。ただその際に上限額が撤廃をされていますので、いわば完全補償を行うというシステムが 90 年には導入されたことになっています。もちろんこれは他の保険、あるいは直接加害者からの賠償といったようなものも含めてですが、他の損害の填補を受けられない場合に限定をされていますけれど、そういう条件さえクリアーすれば、被った損害についてすべて完全に補償を受けられるというシステムが 90 年には導入をされています。その意味ではかなりフランスの補償制度は適用範囲が広くなっているということになるかと思います。

  2. 賠償の実効化

    それから 2 番目ですけれども、もちろん最初にお話しをしました私訴制度というものは、犯罪者が、被告人側から賠償を取ろうというシステムですから、実際にはそれがうまくいかないことのほうが多いわけです。資力がないとか、ということが多いわけです。従ってそういうことをできるだけ減らしていく為の法改正というものが行われていきます。具体的にはまず、主に自動車事故等ということになりますけれども保険による損害の填補ということを促進するために、保険会社に対しても訴訟参加、特に刑事裁判所での私訴権の行使の場面でということになりますが、訴訟参加を認めます。それから仮処分の利用を容易にするという法改正が 1983 年に行われます。

    それから加害者側の和解交渉ということに対応する為にということもあるのですけれども、受刑者の作業賞与金 (日本的にいえばですね) の一部を私訴原告人のために留保するというシステムがあります。これはもともとあったもので、当初は 10% だったのですが、1990 年法で、全体の 3 分の 1 にまで引き上げられました。賞与金の額ですけれども、これは日本円に換算すると、平均的にですが、月に 6、7 万円と言われておりますので、平均で月 3 千何百円という日本とはかなり差があります。実際にも少しずつ損害の回復をするという意味があると言うことにはなるわけですが、そういう改正が 90 年に行われております。

    それから賠償と刑事制裁とをリンクさせることで、賠償を促進するということも考えられています。ただしこれは、かなりドラスティックな形でそれを行おうとした 1981 年の法改正は、結局のところ憲法院で違憲判断を受けて削除をされましたので、これは事実上行われるだけということになります。この 1981 年の法改正は、賠償を行ったことを必要的減軽事由とする、という規定を持っていたのですが、これは平等条項に違反すると、資力のあるものは刑の減軽を受けることができ、ないものは刑の減軽を受けられないということになるので、これは違憲であるという判断をされました。ただし、もちろん賠償の努力をしている場合には、それが量刑上の考慮をされるということは当然ある訳ですし、明文であるもので言いますと、執行猶予の際に、これは刑罰の言い渡しの際には賠償についての判断を既にされているということがフランスの場合は前提になっている。刑事裁判が終わった時点では民事も済んでいるということになりますので、そこで、執行猶予にする際に賠償義務の履行することを遵守事項にいれる、という形で量刑上の考慮をする。従って、そういう義務を守るということを確約した場合には、いわば実刑を免れる、といった形で対応をするということになります。

  3. 情報提供その他の援助

    それから 3 番目ですけれども、それ以外の被害者救済の対応ですが、これは 81 年以降行われているものですが、まず、一般に被害者にどういう権利があるのかということを知ってもらう必要がある。そうしないと被害者の権利が行使されないということになるということで、これは現代でも刊行されているはずですけれども、司法省がまとめた書物で、被害者の権利ガイドというものが出されて、この本は、大きさのほうは文庫本程度のものですけれども、当時の値段でも千円未満という非常に安い値段で売られておりまして、一般に書店で売っているものですが、どういう被害を受けたらどこへどういう相談をもって行ったら良いかということも含めて、一般に分かりやすく解説する本になっているのですが、分かりやすく具体的な権利行使の仕方についてのガイドを、司法省が作っています。そしてその中には、例えば罪種別に被害を受けた時にどこへ連絡したら良いか、ということからすべてリストアップされています。非常に分かりやすい本です。最後には連絡先リストといった、すべての利用できる機関の連絡先リストというものも付けられています。そこには、保険会社、弁護士、それ以外の専門家にどんなものがあるかということが、全部はいっております。そういったものが普及されるようになっています。それから、これも 83 年の法改正の中で作られたのですけれども、被害者援助団体、これはヨーロッパでは、特にキリスト教のバックボーンがあってということなるのですけれども、奉仕団体もいくつかありますけれども、その中で犯罪被害者の支援活動を行っている団体が立法化する前から存在したわけですが、そういった団体と連携しながら被害者救済を行っていこうということで、司法省の中に被害者援助部局というものが作られて、それが、そういう団体の登録、ネットワーク作り、連絡、調整役をやるという形で対応が行われるようになっている。具体的には、例えば性犯罪の被害者に対する精神的なケアであるとか、日本でも最近始まっていますけれども、そういったものが本格的に行われるようになっています。

被害者保護の理論的位置づけ

従って大きく見てきますと、フランスの制度改正というのは私訴が伝統的にあって、それがうまく機能しないところに対して、補償であるとかそれ以外の救済策が最近になって取り入れられるようになってきた。そういう風に見ればよいのではないかというふうに思います。フランスでこういう形でなぜ法改正が進んできたのかという理由ですけれども、もともと私訴制度が存在したにもかかわらず、1970 年代まではフランスでも、犯罪被害者は「刑事司法の忘れ物」である、ということが言われておりました。ところがそういう傾向に対して、フランスの刑事政策に対して非常に大きな影響を与えた新社会防衛論達は、特にその代表的論者デアル Ancel が、彼が中心になって被害者の救済ということが「刑事政策の人道化」と言うことに対してに非常に重要だ、ということを、いくつかの論文で指摘をするようになる。それが追風になって 70 年代、80 年代の法改正が進む、そういうことになってきた、というふうに言えるかと思います。もちろんそれには特にフランスの場合にはヨーロッパの全体の動きというのも影響しています。特にヨーロッパ理事会は 1970 年代以降、特に補償制度の拡充ということを中心にしながら被害者対策をヨーロッパの行刑政策として掲げてきておりますので、そういったことももちろんフランスの方には影響しているということになります。

それからそういった形で、理論的な背景があって、さらに刑事政策のなかで実際に被害者の救済ということが 80 年代以降取り入れられている、ということになる訳です。フランスは 1980 年代にミッテラン政権のもとで 2 度にわたって政権交代が、保守と、社会党政権との間で揺れ動くわけですけれども、その中で常に被害者救済のための法改正ということがどちらの側かからも重視をされた。ただそれには若干違い、温度差があったように思うわけですが、保守政権の作った立法はどちらかというと私訴制度の拡充にというところに力点があり、それに対して社会党政権の側は、もともと制度を取り入れていく際にもそうなんですが、補償制度の拡充に好意的だというような温度差があります。しかし両方の立場にとって被害者救済ということが重要な課題として 80 年代を通じて取り上げられてきています。それはなぜかというと、これはやはり犯罪の急増ということが社会問題として、政治課題になっていた。その中で、いわば刑事政策それ自体が効果を生まない。これはどこの国をとってもそうですが、例えば重罰化にすれば犯罪は減るかといったら、減りはしないわけですし、刑務所での実際の行刑の現場を多少変えたからといって、犯罪が減るわけではない。一貫して犯罪は増え続ける。つまり刑事政策に効果はない、ということで、手をつけられる部分として残るのは、結局実際に被害にあったときに、それが効果的に救済されるというところでしか、刑事政策に対する信頼を確保できない、ということがあって、保守政権の側でも、社会党政権の側でも被害者対策ということを重視する、そういう特徴があったのではないかと思います。

それからもう一つ、重要な点としては、被害者補償がもともと導入されたときには国家補償という形で取り入れられていたわけですが、それが 90 年の法改正で変わりました。さきほど申しましたように保険会社から拠出金を出させて、これは 1 契約当たりにすると、いくらかという額ですけれども、それをすべての保険契約から拠出させることによって補償制度の財源にする、という形がとられましたので、国家補償の理念ということが変わってしまったのではないか、ということが理論的にはフランスでも問題とされています。すなわちもともと 1977 年にこの国家補償制度が創設されたときには、その根拠は憲法の前文にある「公の災厄に対する連帯」という理念に根拠を置くんだという説明が行われていたわけです。ところがそれが国家の責任という憲法を根拠に置く考え方から、保険契約からの拠出金ということになったわけですので、これは補償の理念が変わってしまったのではないかというような批判は、現在でも行われているということになります。

おわりに

「おわりに」のところですけれども、以上簡単にご紹介したようなフランスの被害者救済制度、とりわけ伝統的な枠組みは私訴制度ですので、というものをどう評価するかということについての議論が、必要になるだろうと思います。その点について昨年、東北大学の川崎先生が出された書物の中で、このフランスの私訴制度を紹介した私の論文が被害者訴追という形で私訴制度を取り上げると、それは結局のところ起訴方向の機能しか持たないので、一面的な制度であるという批判をされました。この批判に対しては、もちろん私訴制度は直接的には賠償請求訴訟を行うための訴権であって、かつそれを十分に機能させるために訴追機能、訴追権としての機能を与えられているということですから、制度的にはもちろん起訴方向での制度です。ただしそのことによって効果的な被害者に対する賠償を行わせよう、という狙いは制度的にはあるわけですから、その点を考えないで起訴方向に働くからいけない、ということは言えないのではないか。直接こういう形の制度を日本で導入べきかどうかということを議論するのではなくて、むしろそこで何がその理念として取り上げられていて、実際にこの制度がどのような機能を果たしているかということをきちんと捉えておくこと、そしてそのことによって日本で法改正を考えて行くときに、どういう取り入れ方、被害者の救済ということをどういう形で実現していったらいいのかということのヒントを探るということの意味があると私は思っていますので、例えば具体的には、民事と刑事の枠組みを維持するのであれば、例えば、民事で賠償請求をする際に刑事裁判で使われた証拠を共通のものとして利用できるようにすることであるとか、あるいは、被害者側が挙証責任を負う形で民事裁判を提起して、賠償を得なければならないというようなことをどうやって解決するかという形で問題を取り上げていく、という方法をもう少し追及すべきであって、刑事の側面だけを捉えて、起訴方向だけで働くというふうに批判してしまうのは少し片手落ちではないかというふうに私は思っています。

それから現在日本では、被害者救済のための制度をどう作るかということの議論が始まっていますので、その際の考慮すべき点を少し考えておくべきだろうというふうに思って最後のところに書いております。

現在行われているのは犯罪被害者等給付金支給法、これは 1980 年に作られておりますが、96 年には警察の被害者援助サービスというものが制度化されたと書きましたけれども、実際に法律があるわけではありませんで、制度といっても機構改革として行われたということに過ぎませんが、96 年には被害者連絡制度というものが作られて、そしてそのための部局が警察の中にも作られています。検察庁の側でも、これも制度的には存在しないわけですが、今年になって報道もいくつかされていますけれども、被害者に対する情報提供サービスというものが (報道によると、検察庁によってはかなり前から行われているところもあるようですけれどのも)、始まっています。ただこれはいずれも、警察、検察サイドからのサービス提供、あるいは情報提供という形で行われているだけですから、場合によっては次に書きましたけれども、これに対する警戒感というのも出てきかねない形で今のところ進んでいるといってもいい。それは、横山晃一郎先生が『誤判の構造』という書物の中で、結局のところ、被害者の意思を検察官が代弁するという考え方が被害者救済ということで強調されるときには、情緒的に強調されるだけであって、結局のところ被害者に対する救済ということがきちんと考えられているとは言えない、という指摘をされています。直接的に取り上げられたのは、伊藤栄樹氏の「被害者と共に泣く検察」というスローガンですね、これがなぜ出てくるかというと、結局が検察のみが被害者の意思を代弁できるんだという形で、いわば被害者問題を訴追の強化の形でだけで使おうという考え方に過ぎないんだという批判がされておりますけれども、それは結局今のところ同じことがいえるのではないかというふうに思います。それから、とりわけ最近、今年になってからといってもいいと思いますけれども、少年事件の場合の被害者の立場ということがマスコミでも取り上げられるようになってきました。例えばとくにこの情報提供サービスという側面、警察で始まったものも含めてですが、でいいますと、どうも少年事件の場合には情報提供サービスをしないという扱いがされているようです。これは少年法の規定があるからだということが理由のようなのですが、逆に私はそれは少年審判の在り方ということを考えた場合にも、制度改正を考えるのであれば刑事裁判よりも少年審判の方が被害者との和解というような考え方を取り入れることによって被害者の感情的な問題をクリアー、あるいは、賠償という側面も含めてですが、損害の補償ということもやりやすいのではないか。したがって少年方の改正ということをもし考えるのであれば、そういう側面を無視した形では法改正を考えるべきではないというふうに私は思っておりますので、そういったことも、今後法改正に関する議論が行われる際には考慮していく必要があるのではないかというふうに思います。もう少し結論的なことをいいますと、これはよく質問されるのですが、じゃあフランスの制度を勉強してみてこれが日本で同じ様にできるというふうに考えるのか、ということなんですけれでも、その点に関しては私は制度の枠組みというものががかなり違うということを踏まえないと、フランスでうまくいっているから日本でも同じ様にすれば、刑事裁判所での私訴権の行使ということを認めればいいというふうにはならないだろうというふうに思っています。もちろんそれには例えば制度設計といったことも含めて考える必要があるので、先程も少し触れましたように、現にフランスで行われていることを日本の制度枠組みの中で生かすとすればどうすればいいか、という形で問題を考えたほうがよいだろう。直接的に制度を導入するために外国法を勉強するという考え方はあまりこういう側面については正しくないのではないかというふうに思っていますし、その意味で一つの参考事例、参考になる制度枠組みとしてフランスの制度というものを学んでおくことはいいのではないかというふうに思っております。私自身はそういう観点から論文を書いてきたつもりではありますが、参考文献のところにはそういったものを少し上げておりますので、もし興味がおありでしたらお読みいただければと思います。