茜色のワンピースを着て。
白銀の髪を背中で編んで。
その子はいつも、教会の塔の天辺にちょこんっと腰掛けている。
ニー。そう呼ばれていたことを、彼女は憶えている。この姿になる前の記憶は、ただそれしかない。死んでからだった、自分が猫という生き物だったと知ったのも――もっとも、死んでいたから意味もなかったけれど。
体を失くして、そこら辺をなんとなくぷわぷわしていただけのニーに、【誰かさん】は言ったのだ。
『仕事をやってくれるなら、体をやろう』
どうやらニーは良い猫だったらしく、今度は人の形を貰った。愛らしい、少女の形を。
もっとも。人にも猫にも、誰にも見えないらしい。でも、やっぱりニーは嬉しかった。
仕事は夕方からだから、屋根に四六時中、ずっと座っていることもないのだけれども、ニーは毎日そうしていた。暇だった。でも、あまり不満はない。あえて言えば、眠い時を狙いすましたように鳴る、足元の鐘がうるさいくらい。最初の頃は、鐘が鳴るたびに吃驚して屋根から滑り落ちそうになっていたほどだった。が、もう慣れたことだし、やっぱり不満はなかった。
その教会の天辺に住んで、どれくらいたったのだろう?
ニーは、雪が五回、溶けて消えたのまでは数えた。でも、それ以上の数は知らない。しょうがない。長いかなぁ短いかなぁと考えてみても、もとは猫。憶えるということがなにより苦手な生き物(と、【誰かさん】から教えられた)だったから、やはり意味のないことなのだ。
もっとも。今は猫じゃないから、前よりは賢くなっている。猫だった頃のニーは、三までしか数えられなかった。
今日も、ただのんびり雲を数えていた。ただし、いくら数えても五を超えない。空に漂う千切れ雲は山ほどあるが、この際だからと無視をして、なんとなく美味しそうなものだけを選んで数えると、だいたいちょうど良くなるから、面白いものだった。
けど、飽きたりもする。雲のない日もあるし、雨の日は数えようもないし。そんな時、ニーは街を眺める。
石畳と赤煉瓦の街並みに行き交う大人。子供。猫に鼠。あちらこちらに集まる鳩。そこにちょっかいを出す鴉。
くるくるくると猫の瞳のように世界が変わるから、ニーは見ているだけで愉快だった。
そういうものを眺めている自分の瞳が、昔と同じ青なのかが少し気にはなる。けれど、猫の時とは違う、白く滑らかな、すらりとした綺麗な手足はとてもお気に入りだった。
なにより、この手足が仕事には大切なのだ。
毎日毎日。夕方になったら。
塔の天辺で、両手を広げて右のつま先立ちで、風見鶏のようにくるくるひらひらと踊る。
すると、街のあらゆるところから透明な煙のようなものが、ほわほわと立ち昇ってくる。
飼い猫、野良猫、その他の猫猫。煙みたいなものは、猫たちのその日の記憶だそうだ。
だから、猫は物覚えが悪い。
猫という生き物は、毎日毎日、記憶を吸い取られているのだ。ただ、さすがに全部ではなく、おおよそどうでもよいことばかりのみ。
今日の朝はどこを散歩したとか、昼に鼠を何匹見たかとか。夕方、だれかれと喧嘩したとかしなかったとか。
猫たち自身が記憶を獲られたことすら憶えていないのだから、特に問題もない。
それに、そうしないと困ることもある。猫の記憶は、ある〈もの〉の大事な材料なのだ。
なんでも、その〈もの〉がないと人が滅んでしまうらしい。
そしてニーの仕事は、その〈もの〉を作ることだった。毎夕毎夕、欠かさず忘れずに。それが、人のためになるということで。
人間という生き物はとても奇妙で贅沢で、恋をしてしまうと、むやみやたらと照れくさくなって、暗闇だけでは足りなくなってしまうそうだ。黄昏くらいでは想う人に会いにもいけないらしい。顔を合わせるなど、もっての他だとか。
猫のみたいに自由な恋ができないなんて、情けないないなぁ――ともニーは思うのだが、人とはそれゆえに人なのだ、などと【誰かさん】から嫌になるほど聞かされたせいで、今じゃ自分の仕事が重大だと、なんとなしに誇らしくもなっている。だから、毎日飽きもしないでくるひらと、猫の記憶を集めていた。
ほわほわする透明な記憶を身に絡めて、足を止め。水をすくうように集めて両の掌を口元へともってくる。
掌のうえをふぅっと吹くと、透明なほわほわが白いもやもやになる。
白くなった猫の記憶たちが流れるように広がって、伸ばした手の先さえ見えないようなミルク色の夕霧になる。
この時間だけ、街は魔法に包まれるのだ。
けれどもニーは、不思議に思ったりもする。こんな相手の顔も見えないような霧のなかで、人はなにをするのかなと――でも。気にはなっても、やっぱりどうでもいいよねと、ニーは欠伸をした。
いつものように、ごらんごらんと鐘が鳴る。
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