SWORD TO HEART

作:都駒智式          

 今ここに、剣士の最後の戦いが幕を下ろそうとしていた。
 イザナギの果て、「決戦の大地」と名づけられたそこは剣士と魔王の戦いの場に相応しく、夕霧の薄暗い空に風が吹き荒れ、時折稲妻が姿を見せている。
「時間が無い。マスター、おそらく次が最後の一撃となるだろう」
 剣士の携える剣が言葉を発した。意思をもつ伝説の剣「エメラルド・ソード」だ。
 剣士は頷くと、額から頬へと滴り落ちる汗を拭った。
 血と汗と泥にまみれた戦いもこれで終結させる!
 剣士は願いを込めて剣を八双に構えた。剣がカチャリ、と重い音を立てる。
「こわっぱめ! 貴様は永遠に塵と化すのだッ!」
 魔王の両手に青白い光の弾が現れ、黒い力と共に膨れ上がっていく。
 剣士が走り出した。
「聖なる風よ! 我に汝の声を聞かせよ! 我が心に吹き嵐の強靭さを与えたまえ!」
 剣士が風の言霊を発しながらエメラルド・ソードの力を引き出す。剣は魔法剣に姿を変え白く輝き始めた。
「マスター、命果てるまで共に戦おう! 悪魔達に血の制裁を加えるまで!」
 剣が持てる力を全て引き出さんとしていた。周りの空間が共鳴してきん、と鳴り響く。
 両者が激突した。
 エメラルド・ソードは魔王の術を突き抜け、その身体を袈裟に切り裂く。同時に乾いた金属音を立てて剣が真二つに折れ、刃先が砕け散った。
「おオオォッ! おのれ、おのれェェェッ!」
 魔王は苦悶の表情を浮かべながら、ゆっくりと大地に伏していった。

 これまで流してきた血を全て洗い流すかのように、雨が降り始めていた。
 剣士は、右手に握り締めた今にもその命を終えようとしている剣を見つめた。
 柄に埋め込まれた宝珠は輝きを失い、刃は幾重もの戦いを象徴するかのように刃こぼれを起こしている。
「ああ……エメラルド・ソードよ」
「そんなに悲しい顔をするんじゃない……私は嬉しいんだよ。こんなにぼろぼろになるまで私のことを使ってくれて……」
 親よりも、恋人よりも共にいる時間が長かった剣との別れの時が訪れようとしていた。
「お前を失ってしまったら、俺は、俺はどうすればいい。また王国の平凡な一騎士に戻ってしまう」
「大丈夫……マスターはもう一人前の剣士さ。剣に振り回されていたあのころとは違う」
「いやだ。お前がいなくちゃ、俺は、俺は……」
「そんなに私を困らせるんじゃ……ない。」
 雨がより激しく降り始めた。宝珠から滴り落ちる雨粒が、剣が涙を流しているようにも見えた。
「ありがとう……クローセン、君と一緒にいられて私は幸せだったよ……」
 今まで「マスター」としか呼んでくれなかったエメラルド・ソードは最初で最後、一度だけ剣士の名前を呼ぶと、完全に機能を停止させた。
「俺も……お前と出会うことが出来て……良かったよ」
 クローセンは、もはや聞こえるはずの無いエメラルド・ソードに向かって言った。

 伝説に語られた剣よ
 我が最愛なる聖なる風よ、神竜の瞳よ
 万民のための理想と正義に仕えた我が剣を讃えよう

 クローセンは我が国に伝わる「英雄伝」の一説を口にしながら柄にはめられた宝珠を外した。
 剣として使えないのならば、せめてアミュレットとして。
 そう思ったのである。
 宝珠を手にした瞬間、光を失っていたはずのそれが突然輝き始めた。クローセンは驚き、思わず宝珠から手を離してしまう。
 濡れた地面を何度か転がった後、宝珠は更に輝きを増すと、次第にその姿を変えていった。
「人……?」
 クローセンは驚いた。宝珠は光の中、人の形へと姿を変えていったのである。
 輝きが収まり、人の形をしていたものの姿がはっきりと分かった。
 そういえば聞いた事がある。エメラルド・ソードが伝説の剣と呼ばれている所以は、風の精霊が封じ込まれた剣であるからだ、と。
 白いローブに身を包み、長い髪を雨で濡らしながらクローセンを見つめるその女性の瞳は、引き込まれてしまいそうなほど澄んでいた。
「ただいま、マスター……」
 風の精霊は照れくさそうに微笑む。
 クローセンは身に付けていたマントを外して、その細い肩にかけてやって答えた。
「おかえり、エメラルド・ソード……!」

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