運命の出会い

 友人が車を見に行くから、と言われ半ば無理矢理連れられて、俺達はホンダ直営の中古車ショップに来ていた。友人――中島と言うが、彼はF1好きでよく日本グランプリに行くのだが、その時にNSXを見て以来ぞっこんらしく、NSXを見るためにこの中古車ショップに来るらしい。彼曰く、見るだけならロハだ……だと言う。確かにその通りなのだが、何か違うような気がする。
 そのNSXは、建物の中に大事そうに飾られてあった。全部で三台。ブラック、レッド、シルバー……それぞれ違う色で揃っていた。
「――形はいいんだけど、値段がなぁ……」
 店員に聞こえないように、俺はボソリと呟いた。フロントガラスに取り付けられたプライスボードに書かれている値段……一千万以上と言う、何年ローンしても俺の力では買えない代物なのだ。それなのに赤いNSXのプライスボードの端に、「ご購入ありがとうございます。小林様」と札がついているのだ。何処にそんな金があるんだ? クソ、羨ましい。
 胸くそ悪い気分になり、新鮮な空気を吸ってくる、と中島に行ってから俺は外に出た。外にも色々な車が並んでいるので、車好きの俺にしてみれば、いわゆる"目の保養"なのだ。目の前には黄色いビート、白のオデッセイ、ステップワゴン、オルティア、アコード、シヴィックフェリオ等など沢山ある。しかしこう見ると、街中でもよく見かける車ばっかり。しょうがないと言えば、それでお終いなのだが……俺はグルッと車の合間を縫って巡回した。
「おや? シヴィックRがあるんだ」
 "H"の周りが赤い、特徴あるエンブレム。それは"Type-R"の称号を得た車でないと着けることの許されないエンブレム。通称赤バッチだ。コマーシャルでも言っているが、Type-RのRはレーシングスピリッツのR、と言うほど走りは洗練されている車。元々NSXの一つのグレードとして生まれたType-Rだが、後にインテグラとシヴィック、はたまたヨーロッパではアコードにも魂が受け継がれている。
 ――Type-R、か……
 世界のHONDAのエンジンを搭載した、しかもF1のメカニックが携わっているのだから、俺は好きなのだ。ちなみに俺もF1が好きだ。中島と幾度となく見に行っていたりする。いつか、モナコに行こうと言う冗談さえ冗談とは捕らえない二人だ。好きなドライヴァーは、俺はオリビエ=パニスで中島はデイモン=ヒル……デイモンは引退していないが、オリビエはフェラーリのテストドライヴァーで頑張っている。もう一回復活することを願っている日々だ。
「――おい小坂。どうしたんだ?」
 入り口近くの中島が呼びかけた。心配そうな声。
「え? あ、いや。何でもない」
 いつのまにそこにいるのか、分からなかった。もしかして、とんでたか? 妄想癖が出て意識がとぶ時が稀にある。F1のことになるとなおさらだ。中島に向き直り、俺が返事をしたその時、違和感を覚えた。一台のインテグラType-R。
 ――これって……こんなのだっけ?
 確かこれって三枚ドアのクーペだったと思ったけど、目の前にあるのは四枚ドアのハードトップなのだ。しかも見たことのないシルバー。すぐさま俺は中島を近くに呼んだ。
「なぁ、インテRに四枚ドアってあったっけ?」
「――あるにはあるが、三枚より弾数が少ない……しかし、こんなところにあるなんてな」
 感慨深い表情の中島。が、
 ――ほ、欲しい……
 と、俺はそんなことが頭の中を占めていた。つまり、この車に一目惚れしてしまったのである。女には一目惚れしたことがないのに……
「お前……もしかして買う、なんてこと考えてないか?」
「え……?」
 図星を突かれる。続けて中島は、
「別にいいけどお前、自分の立場、分かっているのか?」
 ――ギクッ……
「まだ免許を持ってないだろ?」
「い、いいじゃないか。俺の勝手だ」
「そりゃそうだ。ま、あと本試験だけだからな。好きにすれば?」
「…………」
 もはや何も言えなかった。が、心ではもう、こいつを買うと言うのは揺るぎなかった。俺はすぐ店員に話をつけるために、中に入っていった。
 何はともあれ、それが俺とこいつ、インテグラType-R 4Doorハードトップの出会いだった。



あとがきめいた物


 事実を元にした作品。と言っても少し脚色していますが。
 確かに免許を獲る前に購入したのは、事実ですね。バカとしか言いようがありません。おかげで首が回らなくなりました。こういうのを「自業自得」というのでしょう。

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