わたしが探していた人

「や、やっと見つけたわよ、ヒルストル。まさか、こんな近いところにいるとは思わなかった」
 王都ミントメンツの郊外に位置する、とある洞窟。そんな洞窟の最深部に、わたしの探していた青年――ヒルストルがいた。あの灰色髪の七三に黒いローブ。そしてひょろっとした体格。間違いない。あんな格好しているのは彼だけだ。
 しっかし、今まで全国旅していた意味がないじゃないの。王都出身のわたしにとって、これほど空しいものなどない。が、それ以上に彼に会えてよかったとも思っている。
 ヒルストルはまだわたしに気付かないのか、背を向けて何かの本に没頭していた。よく見れば彼が向かっている机の上には、何やら辞典らしき分厚い本が乱雑に散らばっている。よくこんな薄っ暗い場所で本が読めるものだ。
「ヒルストル?」慎重に彼に近付き、肩をとんっと軽く触れた。
「どわぁぁぁぁ!」思い切り悲鳴をあげ、彼は座っていた簡素な椅子から転げ落ち、挙げ句尻もちをついた。そんなに驚くものなの?
「いたたたた……あれ? レイティアじゃないか、どうしたんだい? もしかして、僕に逢いにきたのかい? うん、それにしても一段と可愛くなったね」
 お尻をさすりながら口を開く。その彼独特の軽い口調が、拒否反応を起こしているわたしの耳に無理矢理入ってくる。
「だ、誰のせいでこんな姿になったと思ってんの! あなたが変な行動を起こさなければ、わたしは普通の女の子をやっていけたのに!」
「普通の女の子?」不思議そうな眼でみる彼。「そのプレイト・アーマーとレイピアを装備して、どこが<普通の女の子>なのさ。それだったら、今の君くらいの年齢でいいじゃないか。十六歳くらい? 僕としてはその位がいいね。そのポニーテイルも似合っているし」痛みがひいたのか、もうお尻をさすらなくなった。そのかわり、距離をおいて変な目つきでこちらを身据えている。
「変な眼で見るんじゃない、こンのロリコンがぁ! はやくわたしの姿を元に戻しなさい! そのためにあなたに会いに来たんだからね!」
「――なんだ、僕が恋しくなって会いに来たわけじゃないのか。残ね……」
 ――シャリン。
 彼の言葉を遮って、わたしは背負っていた細剣をヒルストルの眉間に突きつけた。
「――冗談につきあえるほど暇じゃないの。悪いけど」
「わ、分かった分かった。分かったからその剣を仕舞ってくれ」
 両の手を小さくあげて慌てふためいたヒルストルの言葉を信じ、わたしは細剣を鞘に仕舞った。
「君は、何のために僕がここで調べものをしていたのか、分かるかい?」
 準備中の彼の言葉にわたしは首を横に振った。
「だと思ったよ。ここは僕の研究施設でね、全国から集めた呪術に関する資料を置いているんだ。ま、中には国宝級のものまであるけど」
「――国宝級って、まさか盗んだの?」
 耳を疑いながら、わたしは問い返す。そんなことがあれば、そんな奴と一緒にいれば、わたしが共犯だと思われちゃうじゃない。
「この僕がそんなことするわけないじゃないか。これでも僕は各方面に名が知られていてね。よく色々な人からもらったりするんだよ」
「色々な人って?」
「えぇっと、自称義賊とか……」
 ブッ! わたしは不覚にも唾を吹いてしまった。
「そ、それって、結局盗品じゃない!」
「そんなことはない。僕に<寄付>されたものだ」
 そこまで自信たっぷりに正当化されると、わたしはもう、何も言えない。白い眼でヒルストルを射抜いた。のだが、彼は動じなかった。
「そんなことはどうでもいい。とにかく僕はここで、君にかけられた呪いを解く研究をしていたんだよ」
「あ――そこ訂正。呪いをかけたのはヒルストル、あなたよ」
「あぁ、そうだったね。僕が意図していないうちに呪術が暴走し、君には<年齢が逆行する>呪い、僕にはその反動で<歳をとらない>呪いにかかってしまった。まぁ、僕としては二十一歳で止まったことに感謝しているけど」
 なにやら棚から小さなビンを手にし、ヒルストルはこちらを向いた。
「それも訂正させて。呪術が暴走したんじゃなくて、あなたが暴走したんでしょ?」
「――そう、だったかな?」
「そうね。あなたの額に流れているその汗が何よりの証拠。それに、このままわたしの呪いが解けなかったら、いつの日かわたしがこの世界から消えちゃうのよ。それでもいいの?」
「――むぅ、それは困るな」
「だったら! 早く呪いを解いてよ。まったく、なんで呪いをかけた人間が解呪法を知らないの?」
「僕に言われても。じゃあレイティア、そこの魔法陣に座って」
「まほう……じん? あ、この床そうだったの」
 これは知らなかった。足元には五芒星魔法陣が描かれていたのだ。わたしはすぐ、陣内に胡座で座った。それと同時にヒルストルも何故かわたしの隣に座り込む。
「――なんであんたも一緒に座んの?」
「呪いにかけられたもの全員、この中に入る決まりがあってね。さ、始めようか」
 そう言って彼は、持ってきた小ビンのふたをきゅぽっと開け、入っていた透明の液体を魔法陣の外周に零した。すると、たちまち魔法陣の文字が蒼白く光り出した。ビンを陣の外に置き、彼は詠唱し始めた。
「――風を愛する青き龍。火を愛する朱き鳥。地を愛する白き虎。水を愛する玄き亀。汝ら、我が声に耳を傾け給え」
 ヒルストルの声に反応してか、陣の光量が一段と増した。のだが、隣にいるヒルストルの様子がおかしい。何やら焦っていた。
「ば、バカな! こんな光が多くなるはずないのに!」
「どうしたの?」
「他にも呪いにかけられた者がいるというのか?」
 彼はわたしの声が耳に届いていないのか、頭を振りながら何かを考えていた。確かにこの光量は尋常ではない。まぶしすぎる。
「ヒルストル?」
「あぁ、クソ! これじゃまた、暴走するじゃないか!」
「それはどういうことよ!?」
 わたしは隣のヒルストルに掴みかかった。冗談じゃない。また暴走されたらたまったものじゃない。
「――ごめん、レイティア。被呪者がまだ他にもいたらしい。ちなみにこの手の暴走は呪いとしてではなく、物理的に発生するものだから、心配しなくていいよ。爆発してすっ飛ぶだけだから」
 って、そんな簡単にものごとを言うんじゃな〜い! しかも安らかな顔しながら!
「そんなこ……」
 わたしの言葉を遮るように、魔法陣の光が激しく放射される。もう眼を開けることも困難……
 ――――!
 何かに弾かれるように、わたしの身体は宙を舞った。そういえば、この間占いで『男運がない』って言われたっけ? などと意味のないことを思い描きながら、そこでわたしの意識は途切れた。



あとがきめいた物


久しぶりに某所の鍛錬場の投稿した作品を、加筆修正……というか、これが初めに書き起こされた物ですね。
「一人称」と「女性の言葉遣い」を鍛錬したんだけど、どうにも巧くいかないのです。

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