1 昔の科学は、今なお生き続けている。それは、人類が生存している限り続くであろう。 ――ただし……その科学によって、地界と天界、魔界の均衡が崩壊したのも事実である。それが、今の世界なのだ。 人間が天界、はたまた魔界の力を得ようとし、人間独自の力――科学を駆使して地界を支配しようとした。しかし、黙ってそれを見ている天魔界ではなかった。天界より、乙女騎士ワルキューレを連れたオーディンが、魔界よりダークエルフを引き連れたタナトスが降臨し、地界――人間を以前の様に支配すべく戦乱が始まった。人は皆、その戦いを「三界戦」と言う。今から数百年以上も前の出来事である。 眼鏡をかけた男が、機敏に指示を与えていた。クルーもまた、それに答え、キビキビと動く。 「大変ですね、梶野中佐」 男の後ろから女の声がかかる。梶野は振り向かなくても誰だか分かっていた。 「これくらい、対した事ではありませんよ、小林准尉。ただ、変な事をしでかさないか、監視していればいい事ですから」 鼻にかかった眼鏡を直しながら、梶野は冷淡に言い放つ。 「流石、"パンドラ"の舟、鳳凰を指揮するだけはありますね。此処、八王子を基点とし、遠隔で別隊の指揮を取られると言う発想、考えてもみませんでした」 白衣をスーツの上からまとった女は、感心しながら梶野の横に立った。 「で、今その別隊は何処にいるのです?」 「フィルダー隊は今、多摩の愛宕に行っている。あの付近に"ワルキューレ"がいるそうだ。この機は逃せないな……」 「――そうですか。あら、実験の結果が出る頃ですわ。失礼します、中佐」 時計を見ながら小林はそう言うと、梶野に向かい挙手の敬礼を行ってから踵を返し、オペレーションルームから出て行った。 「――まったく。あの馬鹿にはほとほと呆れるわ……」 小林がオペレーションルームから出てからの第一声。短く切りそろえた髪をかき分けて、歩き出す。 「どうせ、女の前でしかいい格好が出来ないのよね、ああ言うタイプって。しかも、遠隔で別隊を指揮?あ〜あ、考える事もバカバカしい。頭ん中には何が詰まってるんだか、解剖して調べてみたいわ」 段々と歩くペースとしゃべる言葉が速くなる。気付くと目の前は、いつの間にか自分の部屋の前だった。指紋ロックでドアを開け、部屋の明かりを付けた。 「"パンドラ"も落ちたものね。あんなのを中佐にするんだから」 幹部クラスの人間が聞いていたら、怒るような事を彼女は平気で吐き捨てる。ベッドに寝転がり、側の机の上の紙を手にした。 「――何々、実験の結果報告。結論から、無理……か。当たり前ね、そんな摂理を冒涜するような事。してはいけないのよ、絶対に。動物でも倫理的に問題あるってのに、人間でディルスを造ろうなんて……」 天を仰ぎながら呟く。続けて、 「なんでわたし、こんな所にいるんだろ?……」 まだ二十歳の女は、そこはかとなく嘆いた。 医務室は独特の消毒の臭いが充満していた。そしてそこには櫟が椅子に座っている。彼女はミスカティアの専属医である。そんな彼女の目の前に瀬奈が、眼をライトで当てられながら、受診していた。 「――はい、これで終わりです。結果は一時間後に出ますから、その間ゆっくりしていて下さい」 櫟が指で、ペンライトの尻にあるスイッチを回しながら、そう告げた。 「まぁ何かありましたら、内線番号199へかけて下さい。あと、これはわたしのIDナンバーですから、もし此処にわたしがいない時、内線でかけて下さい」 そう言って、文字の書いてある紙片を瀬奈に渡した。彼女は続けて、 「わたし達のIDカードは、色々な機能がありまして、その一つとしてポケットベルがあるんです――そう言えば、中野チーフは、あなたのIDカードを造るとか、言っていましたね」 それを聞き、瀬奈は寝耳に水、急な事なので開いた口も塞がらなかった。つまり、こんな見ず知らずの少女を、ミスカティアのクルーになってくれと言っているものだ。 「どういう事ですか?」 「気紛れだとか、本人は言っていましたけれど。まぁ、あなたの希望で此処から降りたいと言うのならば、それを尊重しますので。とも言っていました」 優しい眼で、それでいて少し遠い眼で瀬奈を見つめる。その中で瀬奈はゆっくりと、言葉を選ぶように紡ぎ出した。 「――わたしにはもう、帰る場所がありません。家も、街も……こちらこそ、この舟に乗せてくれるのでしたら、何よりです。これだけでは答えになりませんか?」 「いいえ、それだけで十分ですよ」 櫟は優しく微笑んだ。 カタパルトデッキの上。香苗は鼻歌を唄いながら、愛らしいピクシーを指の上に乗せていた。ピクシーは小さな女の子の妖精で、四枚のトンボの様な翅が特徴。時たま悪戯をするが、憎めない笑顔で何故か許せてしまう。"三界戦"の後、世界がこんな風になってから、このような妖精達は人間に見える存在となった。 (ねぇ、どうしたの?やけに機嫌がいいじゃない) 妖精は、香苗に語りかけてきた。触れている者でなくては、分からない不思議な言葉。澄んだ声が心を和やかにしてくれる。 「ん?別に気のせいだよ、フュリー。いい天気だから、心が弾んでるの」 (そう。確かに、手を伸ばすと空に届きそうな天気だね) 笑いながらそう言ってフュリーは、セロファンのように薄く、透明の翅を翔かせた。小さい体が浮き、香苗の周りをホヴァリングする。翔いている翅は視認する事が難しく、シャッター速度の速い高性能カメラでもぼやけてしまうほどであろう。 しばらくして誰かがデッキに来たので、フュリーは香苗の影に咄嗟に隠れた。 「どうしたの?フュリー……あら、瀬奈」 突然フュリーが隠れたので、香苗はデッキを見渡すと、瀬奈が来た事に気付いた。彼女の方は香苗に気付かず、端の方に歩み寄り、一つ大きなため息を吐いた。 (――誰?あの娘。わたし、知らないわ) 服の背を引っ張りながら、香苗に話しかけるフュリー。意外にもこの妖精は人見知りが激しい様だ。 「あ、そうね。彼女、瀬奈って言って、さっきからこの舟にいるの。最も、倒れている所を、禾奈達が助けてあげたって言うけどね……」 (――ふ〜ん……ねぇあの娘、あなたと同じ香りするの……) チョコンと香苗の肩から頭を出す形で、フュリーは瀬奈を眺めた。 「――同じ香り?」 (うん。なんて言うか、彼女の周りにあなたと同じ、力を感じるの。少しだけ、何かが違うけど、同じような香りがする) フュリーは言うや否や、スルッと抜け出し、瀬奈の方に翔んで行った。 「あ、フュリー……ま、いいか」 香苗はフュリーの後を追って、瀬奈の所へと進んでいった。瀬奈はそこで香苗に気付いた。 「あ、あなたは確か……」 振り向いて、名前を思い出そうと必死になる。 「香苗よ。立川香苗。それよりどうしたの?こんな所でため息吐いて」 「うぅん、何でもない。あなたこそ何を……イタタタ!だ、誰?髪を引っ張るのは……」 瀬奈は咄嗟に後ろを振り向いた。見ると、丁度リボンで結ってある所に、小さな妖精がくっついているではないか。妖精は悪戯っぽく笑いながら瀬奈を見ていた。 「ピクシー?」 自分の髪を持ち上げて、ピクシーを見つめる。小さな妖精ははにかみながら、瀬奈に微笑んだ。 「フュリー、悪戯は駄目だって言ってるでしょ?ちゃんと謝りなさい」 フュリーは手から髪の毛を放し、ペコンと頭を下げた。その仕草が愛らしい。 「このピクシーは立川さんのお友達なの?」 「この娘、フュリーって言うの。何時だったか、この娘が傷ついていた所を見つけてね。ねぇそれよりわたしの事、香苗って呼んでくれないかな?"立川さん"だと、なんか他人行儀で嫌いなんだ」 「分かりました。香苗さん」 「う〜ん。ま、許容範囲かな」 頭を掻きながら、香苗が言い放つ。"さん"付けも本当は止めてもらいたいんだけどね。 「ところで瀬奈、話しは聞いたよ。なんでもミスカティアに居座る事になったんだって?」 「迷惑、ですか?」 困惑しながら、香苗に聞き返す。それを聞いて香苗は軽く、首を振った。 「うぅん、迷惑だなんてとんでもない。わたしは歓迎している方よ。でも、あの中野チーフがいてくれって言ったのよね」 「えぇ、そうですけど。それが何か?」 「ん?あの人がそんな事を言うって事は、何かを考えているって言う事。特によからぬ事を……ね、フュリー」 その言葉に小さな妖精も、中野の性格を知っているらしく、腕を組みながらコクッと肯いた。 「ヘックシュン!!はて、風邪でもひきましたかな?」 鼻をすすり、中野は一人で椅子に座りながら本を優雅に読んでいた。 天候はいきなり崩れる物で、二時半を回ってから急に辺り一帯は白い入道雲で覆われた。 「なぁ禾奈。お前、逆さてるてる坊主でも作ったか?」 キャビンの中で空を見ていた祐が、愛銃を解体して手入れをしている禾奈に声をかけた。 「――何故に、そんな事を聞くの?」 「いや、この間お前が、野外演習が嫌だってんで、確かそんなの作ってたなぁ、と思い出したんだが」 思い出しながら、祐は空を見続ける。 「確かにそんな事もあったわね。でも今回はノータッチ。何もしてないよ」 バレルを眺め、フッと息を吹きかける。細かいホコリは宙に浮かび、何処かへ飛んでいく。まるでタンポポの綿の様に。禾奈はそれを見つめ、祐の方に行くのを確認し、組み立てを開始した。 「そっか。じゃあ自然の力なのか。ひと雨来そうだな……」 遠い空を見つめ、祐はため息混じりに言葉を吐き捨てた。 「雨、嫌いだったの?祐」 「つ〜か、憂鬱になる」 禾奈に向き直し、つまらなそうに言い放つ。まったく、柄にもない事を……禾奈は胸中でそう呟いた。 「いいじゃない、別に」 禾奈が分解した銃を、元に戻しながら言う。続けて、 「晴耕雨読。のんびりとするにはもってこいじゃない」 「そうか?どっちかって言うと、うちらは晴耕雨耕の様な気がするんだが……」 「気のせいよ、気のせい。誰かの歌でもあるじゃない。雨は街を洗ってくれるって。好きだよ、このフレーズ」 「――誰の歌?」 「――忘れたわ、そんなの。曲名は確か、雨のち……はて、なんだっけ?」 禾奈は人差し指をこめかみに当てながら、頭を傾げた。その際、センチメーターの小さな部品が一つ、床に落ちたが、二人して気付かなかった。 「ま、いっか。知らなくてもいい事だし」 「そうだな。っと、来たな」 窓にバチバチッと音を立てながら、激しい雨が降り注いできた。 「デッキの方は大変そうだね……」 禾奈はノホホンとしながら、愛銃の部品がない事に気付き、慌てて捜索に入った。 「何やってんだか」 「そんな事言ってないで、探すの手伝ってよ!!」 「頭痛いから嫌だ」 「雨、降ってきますかね……」 艦橋の中、空を見ながら何か心配するかのように中野は呟いた。 「――雨が降られると、何かまずいんですか?チーフ」 中野の座っている椅子の横、眼鏡をかけた男が、問い返した。 「――動きますよ、"パンドラ"が……広野くん、雨が降ってきたら第一戦闘体勢の準備、お願いします」 「は、はい!」 いきなりの命令で、慌てふためいて返事する。まだ、二十歳になったばかりの彼は、少し幼さを感じる。 「では広野誠くん。君の腕をわたしは此処で拝見していますので」 そう言うと、中野は彼を信頼しきったように寛いだ。 彼――広野誠は、指揮をとるのが今回が初めてだった。初めての割には意外と緊張はない。だからと言って変に緊張の糸が切れているわけでもない。そう言うボルテージが一番ベストなのだが、そこまで気持ちを持っていくのには、けして簡単ではない。だから、この状態に一番驚いているのは、彼なのである。不思議と、笑みが零れた。二十歳になって指揮をとる資格を得て緒戦。彼は張り切っていた。 彼はマイクを手に取り、艦内放送を入れる。 『各員に告ぐ。各員、第一戦闘体勢に入ったまま、指示が出るまで待機。以上』 少し震えた声でしゃべり切ると、その震えが手に感染した。続いて膝に来て、ついには心臓がバクバクと、耳を塞いでも音が分かった。 ――やっぱり緊張してる、か…… たとえ有名な軍師でも、必ず緒戦は不安である。たとえ孫子に従ったとしても、である。それをどう切り抜けるか。それが課題だ。 「――よし、いくぞ!!」 頬を平手でパンッと叩き、自分に喝を入れる。敵は"パンドラ"だけではない。自分自身でもある。己を信じ、我に勝つ。彼の心にはいつもその言葉があった。 廊下ですれ違う人は彼に、 「的確な指示をよろしく」 「信頼してるから」 そんな言葉を、笑顔で交わしてくれる。そして…… 雷を伴った激しい雨が、降り出した。 ビープ音が艦内に響いた。鳳凰の艦橋は大いに揺れている。 「中佐。雨が来ました」 その声を聞いて、梶野は嬉々した。絶好のチャンスだ、と言わんばかりの顔である。 「雨量は!?」 声を裏返してオペレータに問いかける。 「一時間で50ミリを超える激しい降雨です」 ますます、顔を綻ばす。彼にしてみれば、激しければ激しいほど、好機なのである。 「そ、そうかそうか。よし、ではフィルダー隊に告げろ! 多摩センターに滞在しているミスカティアを叩け!と」 「なんだか、作戦もなにも、あったもんじゃないわね……」 椅子に座りながら、白衣をまとっている小林が、ひときり大きくため息を吐きながらボヤいた。 「ま。雨をどこまで味方につけられるか、見てみましょうか」 もはや小林は傍観者である。 ――コンコンッ…… 突然のノックの音。彼女は慌てて立ち、ドアを開けた。 「はいはい……あ、村井少佐。どうしたのですか?」 小林の目の前には初老の男が立っていた。髪はもう白く染まり、髭の方も白いのがかなり目立つ。 「ふむ。相変わらず殺風景だな。ぬしの部屋は……」 「――少佐はもっと女の娘っぽい部屋の方がいいですか?」 怪訝そうな顔をする小林。が、村井は涼しい顔で告げた。 「いやいや、そいつは個人の問題よ。いかに部屋の機能を生かすかが、性格に現れる。ま、こんな事を話しに来たわけではないんだが」 右手を顎に当て、まるで筆先のような立派な髭を撫でる。 「と、言いますと?」 「うむ。おぬしの研究の結果を見せてもらった。遺伝子の組み換えでディルスを作り出すと言うものは、"パンドラ"では非常に反響を呼んでな……」 「少佐、その事なんですが……」 村井の言葉を遮って、小林が前に出る。が、 「まぁ、話しは最後まで聞いてくれ、瑠花くん。反響を呼んでいるんだが、二人だけその事に関しては、良い顔をしない者がいるんだよ。誰だか分かるかい?」 その問いに小林は素直に首を横に振った。 「一人はわしで、もう一人ってのが総督……つまり、アルシオーネ様なのだよ」 「え……?」 一瞬呆気にとられた。何が何だか分からないという顔で、小林は村井を見た。 「摂理を反するという事は、何かしら代償がある……と、申されてな。わしも同じよ。そんな事本当は許されないんだが、お前さんの事を見込んで、そっとしておいたんだよ」 「そ、それじゃあ……」 「もう背徳する事なんてないんだよ。お前さんは自分らしく、やりたい事をやりなさい。それが、総督の意志だよ」 その言葉に、小林はまぶたに熱い物を浮かべた。目の前の人に見せまいと必死に堪えるが、堪え切れない。あえなく、一条の雫が頬を伝う。 「――よほど苦しかったんだな、瑠花くん……」 言葉は優しく、そして心に染み入ってくる。 頻りに降る雨は依然、止む気配を見せない。それどころか、一向に激しさを増すばかりである。 そんな光景を、瀬奈は先程もらった自室から眺めていた。四畳半の部屋には、ベッドと机と冷蔵庫、台所やユニットバスもある。彼女にして見れば狭くなく、広くもない。十分住んでいける広さであった。 中野には気兼ねなく、自由に使っても良いと言われた。今まで誰も使った事のない部屋にしては、ホコリはなく奇麗である。 彼女はベッドに横たわり、布団に身体を沈めた。布団は瀬奈の体重で外側に膨らみを帯びた。ウォーターベッドである。初めての感覚に戸惑いを隠せず、瀬奈の心は不安と好奇心があいまっていた。 ――トゥルルルルル、トゥルルルルル…… 部屋の壁にかけられた電話が、大きな音で鳴り響いた。静寂の時を打ち壊すかの様に。 「――はい……」 『あ〜喜多見さん。少しブリッジの方に来てくれませんか。話したい事がありますので』 「――分かりました」 中野の言葉に抗う事が出来ず、彼女は部屋を出た。 「――先程の事は、本当なんですか?チーフ」 ブリッジの中。受話器を置いた中野の座っている椅子の横で、香苗と櫟が中野に正対しながら立っていた。彼女たちは今回のオペレーションにはまだ参加しない。 「えぇ、そうです。精密検査で分かったのですが、彼女の脳波……α、β、δ波、全てあなたのとほとんど一致しているんです。そうですね、櫟くん」 「はい。此処に例の検査結果と、以前……つまり、香苗さんがミスカティアに入った当時の、脳波グラフの比較表があります。見て下さい」 そう言って櫟は、香苗に数枚の紙を渡す。見た刹那、香苗は眉間に皺を寄せた。 「何これ……ほっとんど、わたしのやつと変わらないじゃない」 「はい。この波形は、ある種の人によく見られる波形なんです。つまりは香苗さん、あなたと同じ能力の持ち主なんです。ただ、違う所が一つだけありまして。ζ波があなたの波形とまったく逆なんです」 櫟はもう一枚、香苗に紙を渡す。比較すると、絶対数は同じで、プラスとマイナスが確かに逆だった。つまり、零の線に鏡を置いたようになっている。グラフが一致するのも万が一の確率なのに、正反対になるのも、万が一……いや、それ以上に確率が低い。 「――どう言う事?」 食い入るように櫟に詰め寄る。櫟は首を左右に振るだけだった。 「失礼します……」 丁度その時、瀬奈がブリッジの中に入ってきた。 「あの、話しとは何ですか?」 瀬奈は中野に問いかける。儚い声なのに、何故か部屋の中に響く。 「どう言う事なの?これは」 「?一体何の事ですか?」 いきなり香苗に問い詰められ、戸惑う瀬奈。中野がそれに割って入ってきた。 「あ〜、喜多見さん。少し聞きたい事がありますけど、いいですか?」 「え、えぇ。わたしに答えられる事でしたら」 「ありがとう。君は、人には言えない力を持っていますか?」 「人には言えない、ですか?」 唐突の事に逆に問い返す瀬奈。中野は続けて、 「何もなければ、いいのですけど。どうですか?」 「――分かりません。が、もしわたしが何か、持っていたらどうするんですか?」 「別に何もしませんよ、絶対に。あなたはもう、わたし達の一員ですからね」優しく微笑み、中野は促す。 「そうですか。でも、わたしには何の事を言っているか分からないです。すいません、お役に立てないで」 頭を下げて瀬奈は言った。彼女は、確かに何かを隠しているというような顔をしていない……と言うか、性格上隠す事も出来ないだろう。中野は彼女の顔を見て、そんな事を感じとっていた。 ――まだ、自覚がないのかな?まぁ、香苗くんの時もそうだったから、そんなものかもな…… 胸中で呟く。遠い目をしながら、中野は瀬奈に言った。 「そんな事はないですよ。わたしがいきなりそんな事を、問い詰めたのがいけなかったんです。 さ、この話はこれくらいにして、話題を切り替えましょう。先程の検査結果です。櫟くん」 「はい」呼ばれて軽く返事する。「え〜と、喜多見瀬奈さん。精密検査の結果ですけど、身体の方は別に異常は見られなかったです。ただ……何かのショックで、記憶が断片的に欠落していますね」 ――確かに、名前くらいしか思い出せないな。瀬奈は苦虫を潰した顔をする。 カルテを見ながら、櫟は続ける。 「あと、この写真を見て下さい」 櫟はレントゲン写真を読影機に貼り、ポインターを伸ばした。 「これはCTスキャナで撮った物なのですが、此処に小さな黒い影があるんです」その部分にポインターを当てる。「丁度、左脳と右脳の間にあります。何かは分からないんです。解剖してみなければ……冗談はともかく、まぁ生活する分には支障はないと思いますけど」 そう言って、彼女は読影機の照明を消した。 「とりあえず、喜多見さん。あなたは、"ワルキューレ"の一員になりましたから、今回のミッションを此処で見ていて下さい。あなたがどう言う仕事が適合するか、見極めますので」 中野は立ち上がって、瀬奈の横に並んだ。 「いいですか?」 「わ、分かりました!」 「祐、大丈夫か?頭……」 「大丈夫っちゃ大丈夫なんだが、違和感を覚えて……」 ドックの中。飛燕に言われ、祐は頭を振りながら答えた。彼は今、愛機にホヴァーに乗り込んで、一通りスイッチ類を確認しながら点検した。招集がかかって十分ほど。戦闘準備のための作業である。このホヴァーには色々な改良が施工されているため、スイッチの点検が要になっている。 「まだ、センサは本調子じゃないから。自分の勘を信じていきな」 「センサはまだか。ま、今日の今日だからな……んで、相棒は?」 辺りを見渡し、見慣れた顔を探す。が、何処にもいない。しょうがないので軽くため息を吐いてから、シート位置の調節をした。 「禾奈か?さぁ、見かけないけど」 肩をすくめながら飛燕。 「そっか。あいつは俺よか勘がいいから、横にでも乗せた方が良いかなっと思ったんだが……」 「へぇ。意外と信頼してんだな、彼女の事」 「ま、これでも何度か、あいつには助けられてきたからな」 「――特に"あの時"か?」 そう言われて、祐は頬を指で掻く。そして、天を仰ぎながら、 「ん。確かにあの時あいつがいなかったら、俺はこの世には存在しないだろうな。ま、初対面ってのが最悪の事態だったよ。ホント……」 「でも、あの事件がなかったら、出会えなかったんだぞ」 「――そだな。最高の相棒があんな所にいたんだから、運はあったんだな……」 「なに話してんの?二人で……」 辛気臭い話しの間にいきなり、飛燕と祐の後ろから声が飛んできた。振り向かなくても分かる。噂をしていた相手だ。 「いや、別になんでもない。しかし、今までなにやってたんだ?招集かかって、もうこんな時間だぞ?」 「女の娘に言わす気!?」 紅潮させながら、禾奈の叱責が飛ぶ。それで事済んだのか、祐には分かった。 「トイレ行ってくるって一言告げてから、行けと何度言えば分かる」 「言ったわよ!」 「何時、何処で!?」 「さっき、心の中で!!」 「知らんわボケ!!」 突然ドックの中は罵詈雑言の応酬が始まった。 ――まったく、素直じゃないと言うか、何と言うか。ホントにこれで、最高のパートナーなのか?…… 細目で眺めながら、飛燕はハハッと失笑した。ま、喧嘩するほど仲は良い、てな諺もあるからいっか。 そんな時、飛燕の肩に小さい妖精が乗ってきた。 (どうしたの?あの二人……) 心配そうな目で、翅をぱたつかせる。 「いつもの事だよ、フュリー……」 (そっか。でもこれから戦うのに、なんだかキンチョウカンの破片もないね) 「いいんじゃない?これはこれで……」 すでに傍観者のフュリーと飛燕である。二人にかまわず、他のホヴァー、戦車等の点検のために離脱していった。二人には気付かれない様に。 「――わたし、何やってるんだろ……」 トイレの中、一人で椎が三角巾を口元に縛り、掃除をしながらボヤいていた。 雲が急に黒くなり、辺り一面明るさが消えた。 ――ゴロゴロゴロゴロゴロ…… 雲の中でスパークが生じている。実際には雲と雲の間でスパークしているのだが、地面には落ちてはいないが、いつ落ちてもおかしくない状況である。 |